【レビュー:慟哭 / 貫井徳郎】誰の未来にも闇は突然落ちてくる

この本を1分で紹介すると

今回レビューするのは貫井徳郎さんの「慟哭」である。

本作は2つの物語が並行して進んでいく。暗い過去を持つ『松本』は虚無を抱えたままあてもなく街を歩いていた。彼は偶然出会った少女を通して新興宗教に救いを見出すのだが……。一方、警視庁捜査一課長の『佐伯』は連続する幼女誘拐事件の陣頭指揮に当たっていた。進展しない捜査に世論と警察内部から批判の目を向けられていたが、犯人を名乗る手紙が届いたことで事態は次の展開へと動き出す。2つの物語が交錯するとき、あなたは彼の慟哭を目にすることになる。

人間の心に宿る悲痛な感情と暗い闇を描いた貫井さんのデビュー作にして本格長編ミステリー、ぜひ手に取っていただきたい。

この本の評価

慟哭 / 貫井徳郎

読み出したら止まらない
 (4)
胸が締め付けられる
 (4)
感動・泣ける
 (2)

重苦しいミステリーを探しているあなたにはぜひオススメしたい。

どんな人におすすめ?

私が初めて貫井さんの作品に触れたのは「さよならの代わりに」というSFミステリーであったが、SF要素を生かしたオチに「あぁーそういうことか!」と、初めてミステリーの面白さを感じさせてくれた作品で、非常に思い出深い。他には「愚行録」なんかも読んだことがあるのだが、それはもう暗いお話であった(と記憶している)。

さて、それはいいとして「慟哭」である。タイトルからして暗い展開が待ち受けていそうな事この上ないが、まあ確かにポップな要素は微塵もなく、重苦しいダークな雰囲気のミステリーである。辛い経験を積み、人生に重苦しく影が横たわっているような人ほど共感、というか感情移入することができるだろう。そういう意味で割り切って言うと、大人向けの作品かもしれない。若い頃に読み、今回ずいぶん歳を取ってから再読した訳だが、今回の方が胸に刺さるものがあったと思われる。

清々しい気持ちになれるような作品を求めている人にははっきり言ってオススメできない。笑いは要らない・重い雰囲気の作品が好きという人や、たまにはそういう作品を読んでみようかなという人は、自信を持ってオススメしたい。

人間の内面に生まれる悲痛な感情

以下、個人的に感じたことを脈絡なく書いていきたい。基本的に大きなネタバレはないと思いますが、念のためご注意ください。


あまりテーマみないな事をいちいち考えながら本は読まないが(普通みんなそうだと思うが)、レビューのためにそれらしい事を言うと、この作品で描かれているのは親子の関係性である。いくつかの、さまざまな関係性の親子が登場する。

警視庁捜査一課長の佐伯は、生まれの複雑さとそれに伴う異例人事から周りから色眼鏡で見られる。佐伯自身は周りからの評価など気にしてはいないが、父親への憎悪が消えることはなかった。佐伯自身には娘がいたが、こちらも決して良い関係とは言えなかった。

佐伯は私情を挟まず捜査の指揮に徹していたが、捜査が遅々として進まない中で自分がこの事件に思いのほか心を痛めていることに気付いてしまう。それは、佐伯が心の奥底では娘との関係に執着しており、悪化していく娘との関係にダメージを受けていることを示唆していた。

途中、佐伯が見せる心の内が非常に共感できた。

佐伯はこれまで、自分はすべてを自分ひとりで処理できるものと考えていた。だが今、それがとんでもない勘違いだと知った。ただ単に、今までの重荷がひとりで背負えるだけの重みしかなかったのだ。それがつくづく実感された。

慟哭 / 貫井徳郎

人間は本当に辛い目にあった時しか自分の弱さを自覚できない。自分はポジティブな人間だ、なんて言うのはただ単に心を病むような状況にいないだけの話だろう。私は若い頃はわりとポジティブに物事を捉えられる人間だったが、年月が経ち、色々な経験を積むと自分は決してストレスに強い人間などではなかったと知った。そんな私にとって、佐伯の心情はなんの抵抗もなくスッと染み渡った。


話を戻そう。佐伯とは対照的に、捜査一課の部下である丘本はありふれた普通の家族を持つ父親である。また、もう1つの物語の主人公である松本は、過去に家族に纏わる悲劇を経験していた。松本は新興宗教に救いを見出すが、彼の抱える大きすぎる闇は彼の心の最後の破片を少しずつ侵していく。

人間にとって親子とは、言うまでもなく大切なものだ。本作では、この親子の関係性を通して、人間の内面に生まれる悲痛な感情を精緻に描き切っている。

胸に穴が開いている。彼はそう感じた。どんな医者でさえ塞ぐことのできない、どうしようもなく苦しい穴だ。穴には風が吹いていた。夏だというのに凍てつくほど寒々しい風が、何度も何度も通り抜けるのだ。

慟哭 / 貫井徳郎

そういう意味でやはり冒頭にも書いた通り、子供がいる人はより感情移入してしまうだろう(子供がいない人、できない人を貶める意図はない)。

誰の未来にも想像できないほどの濃い闇が落ちてくることがあり得る、決してあり得ないことではないことを思い知らされる。そのとき、あなたはどういう人間になるだろうか。本作に登場する「彼」のようにならないと、誰が言い切れるだろうか。


連続幼女誘拐事件の行く末は?彼らの結末は?終盤にかけて2つの物語が1つに収束していくに連れて、胸が引き裂かれるような想いとともにページを捲り続ける事になるだろう。そして完全な重なりを見せたとき、あなたは彼の慟哭を目の当たりにする。

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